相対的貧困と社会的排除
子どもの貧困について考えるときに最も重要なキーワードは「社会的排除」(Social exclusion)です。そして、社会的排除を考えるときに重要なのが、ここで使っている使っている「相対的貧困」という概念です。
たまに、日本より遥かに貧しい国があるのにみんな立派に生活している、日本は恵まれている方だ、という議論を目にすることがあります。吾唯知足的な意味ではその通りです。
確かに、1人当たりGNI(PPP/USD)[6]で見ると米国 63,390ドル、日本 45,000ドル、ロシア 26,470ドル、ブルンジ 740ドル(世界銀行D/B)に対して日本の貧困線(貧困基準)が12,000ドルですから、日本で貧困ライン上にいる人はブルンジ人の16倍もお金持ちだということに一応はなります。
しかし、PPPで補正してあるからとは言え、日本で年収 740ドルで暮らすことができるかどうかは普通に考えればわかりますから、精神論的なことはさておき、シリアスな議論において上記のような主張は適当ではないでしょう。
なお、サンフランシスコでは年収1,300万円でも低所得者に分類される[7]ということですから、この基準をそのまま当て嵌めると日本人の殆どは低所得者ということになります。
したがって、貧困の問題は国際間の絶対的な比較ではなく、ひとつの国(国民が主権を行使し、生活する単位)における相対的貧困を考えることが重要だと言えます。
絶対的貧困が重要な課題であり、これを十分に論じなければならないことはもちろんですが、相対的貧困の問題と同時に論じると議論が発散するので、その議論は別の機会に譲ります。
[6] PPP(Purchasing Power Parity:購買力平価)/実効ドルレート表示。購買力平価については、「データブック国際労働比較2008」(労働政策研究・研修機構, 2008年3月)p. 46-50 の「コラム1 購買力平価」に丁寧な解説がある。
[7] 年収1300万円でも「低所得」 米サンフランシスコの実情(BBC NEWS JAPAN, 2018年07月20日)
社会的排除の定義
「社会的排除」とは何か。これについて「社会的排除にいたるプロセス 〜若年ケース・スタディから見る排除の過程〜」 (内閣官房/内閣府、2012年)[8](以下「報告書」)は、欧州委員会による以下の定義を紹介しています。
“「社会的排除は、過程と結果としての状態との双方を指すダイナミック な概念である。〔中略〕社会的排除はまた、もっぱら所得を指すものと してあまりにしばしば理解されている貧困の概念よりも明確に、社会的 な統合とアイデンティティの構成要素となる実践と権利から個人や集 団が排除されていくメカニズム、あるいは社会的な交流への参加から個 人や集団が排除されていくメカニズムの有する多次元的な性格を浮き 彫りにする。それは、労働生活への参加という次元をすら超える場合が ある。すなわちそれは、居住、教育、保健、ひいては社会的サービスへ のアクセスといった領域においても感じられ、現れるのである」(欧州委員会 1992)”
Source: 内閣官房/内閣府 (2012) 社会的排除にいたるプロセス ~若年ケース・スタディから見る排除の過程~年)p. 2
社会的排除のプロセス
報告書では、53件の事例[9]を収集・分析した結果として、社会的排除に至るプロセスとして以下の3パターンにまとめています。53事例の具体的内容を整理した概要表(外部リンク)をご覧ください。
①生まれつきの本人の持つ「生きづらさ」(発達障害、知的障害など)が幼少期から様々な問題を引き起こし、問題を抱えたまま成人となったパターン
②家庭環境に様々な問題が内包されており、教育、人間関係の形成などへ悪影響を及ぼしており、成人となったときに大きなハンデとなってしまっているパターン
③様々な潜在リスクが存在したとしても、決定的な悪影響を受けずに来たものの、学校や職場などにおいて劣悪な環境に置かれたことによって排除状況となったパターン
これらのうち子どもの貧困に直接関連する「②家庭環境〜パターン」について、上記の概要表では「出身家庭環境の問題」というカテゴリーのもと、「貧困」、「親の離婚」、「母子・父子世帯」、「親からの分離」、「親の病気・身体障害」、「児童虐待・DV」、「親の精神疾患・知的障害」、「親の自殺」、「早すぎる離家」の8つの観点から具体的な事例を整理して示しています。
報告書は、これに加え、①生まれつきの本人の持つ「生きづらさ」や③学校や職場などにおいて劣悪な環境に置かれたことによって排除状況となったパターンも、②と複合的に作用していることを指摘しています。
子ども期に発生した潜在リスク
報告書では、上記①②③のパターンを基礎に視点を詳細化・再編成した形で「子ども期に発生した潜在リスク」を以下の26のケース群に分けてより詳しく分析しています。
Table 2: 報告書のケース群分類
ケース群① 本人の障害:全10事例
ケース群② 出身家庭の貧困:全21事例
ケース群③ ひとり親や親のいない世帯:全22事例
ケース群④ 児童虐待・家庭内暴力:全18事例ケース群⑤ 親の精神疾患・知的障害:全13事例
ケース群⑥ 親の自殺:全5事例
ケース群⑦ 親からの分離:全7事例
ケース群⑧ 早すぎる離家:全10事例
ケース群⑨ 学校におけるいじめ:全8事例
ケース群⑩ 不登校・ひきこもり:全12事例
ケース群⑪ 学校中退:全22事例
ケース群⑫ 中卒:全6事例
ケース群⑬ こども期の精神疾患・その他疾患:全13事例
ケース群⑭ 本人の精神疾患・その他疾患:全33事例
ケース群⑮ 初職の挫折:全45事例
ケース群⑯ リストラ・倒産等:全8事例
ケース群⑰ 職場における人間関係トラブル:全12事例
ケース群⑱ 劣悪な労働環境:全5事例
ケース群⑲ 不安定就労・頻繁な転職:全45事例
ケース群⑳ 風俗関連産業・援助交際:全9事例
ケース群㉑ 若年妊娠・シングル・マザー:全8事例
ケース群㉒ 結婚の失敗・配偶者からのDV:全9事例
ケース群㉓ 親(実家)との断絶・帰れる家の欠如:全24事例
ケース群㉔ 住居不安定:全19事例
ケース群㉕ 借金:全4事例
Source: 内閣官房/内閣府 (2012) 社会的排除にいたるプロセス ~若年ケース・スタディから見る排除の過程~, pp . 12-24
これらのケース群のうち、「②出身家庭の貧困:全21事例」に該当するケースを概要表から抽出したのがケース群②抽出表(外部リンク)です。
報告書は、ケース群②について、
“【ケース群② 出身家庭の貧困】全21 事例(ホームレス6、シングル・マザー5、生活保護5、高校中退4、薬物・アルコール依存症1)子ども期のリスクの中で頻繁に見られたのが「出身家庭の貧困」であった(21 事例)。うち、出身家庭において生活保護を受給していたことが明らかになっているのは、3事例である。また、多くの事例で低学歴(中卒、高校中退)となっていた。貧困に陥った要因をみると、①両親の離婚、死別によって稼ぎ手(多くの場合父親)が不在となることによる貧困、②事業の倒産や借金等による貧困、に大別できる。①の場合はもちろんのこと、②の場合であっても、例えば、父親の事業倒産及び多額の借金によって両親が離婚に追い込まれた事例があり、【ひとり親や親のいない世帯】となるリスクと連鎖していることが多い。21事例中、14事例は、ひとり親や親のいない世帯に育っている。これらの多くにおいて、不登校、学校中退を併発している(12事例)。また、経済的理由により進学をあきらめたり、中退せざるを得なかったと確認できたのは3事例であった。
出身家庭が貧困であることの影響は、成人後も続く。実家が生活保護受給中のため、自分が実家に戻ると生活保護を打ち切られてしまうと考え、帰ることができない、生活に困窮したときに頼れないなど、実家の貧困に起因する孤立と家族のセーフティ・ネットの欠如がうかがわれた。”
Source: 内閣官房/内閣府 (2012) 社会的排除にいたるプロセス ~若年ケース・スタディから見る排除の過程~ pp. 12-13
と分析した上で、背景となる潜在リスク⇨重層化する潜在リスク⇨周縁化[10]のプロセスを下図(Figure 5)のように図式化しています。
Figure 5: ケース群② 出身家庭の貧困
[8] 社会的排除にいたるプロセス ~若年ケース・スタディから見る排除の過程~ (内閣官房/内閣府, 2012年09月) [PDF 670 KB]
[9] 53事例の内訳:①高校中退者5名(男性3名, 女性2名)②ホームレス12名(9, 3)③非正規就労者8名(5, 3)④生活保護受給者9名(8, 1)⑤シングル・マザー6名(0, 6)⑥自殺者5名(2, 3)⑦薬物・アルコール依存症8名(4, 4)合計53名(31, 22)
[10] 周縁化(marginalization):社会から置いていかれる、疎外される、と言った程度の意味。