反対意見
裁判官木内道祥の反対意見は、次のとおりである。
私は、放送法64条1項が定める契約締結義務については、多数意見と異なり、意思表示を命ずる判決を求めることのできる性質のものではないと解する。以下、その理由を述べる。
1 意思表示を命ずる判決をなしうる要件
(1)意思表示の内容の特定
判決によって意思表示をすべきことを債務者に命ずるには、その意思表示の内容が特定されていることを要する。契約の承諾を命ずる判決が確定すると、承諾の意思表示がなされたものとみなされて契約が成立することになるが、1回の履行で終わらない継続的な契約においては、承諾を命じられた債務者は判決によってその契約関係に入っていくのであるから、承諾によって成立する契約の内容が特定していないまま、判決が債務者の意思表示の代行をなしうるものではない。
(2)意思表示の効力発生時期
判決が命じた意思表示の効力発生時期が判決の確定時であることは、民事執行法174条が定めており、これと異なる効力発生時期を意思表示を命ずる判決に求めることはできない。
2 放送受信規約の定める受信契約の内容
放送法は受信契約の内容を定めておらず、原告の定める放送受信規約がその内容を定めている。そのことの当否は別として、放送受信規約の定める受信契約の内容は、次のようなものである。
(1)受信契約の種別と受信料(第1条第1項、第5条)
受信契約には、3つの種別があり、1の受信契約につき、その種別ごとの受信料が定められている。
(2)受信契約の単位(第2条)
受信設備が設置されるのが住居であれば、世帯が契約単位であり、1世帯で複数住居なら、住居ごとが単位となる。世帯とは、住居および生計をともにする者の集まり、または、独立して住居もしくは生計を維持する単身者である。
事務所等の住居以外の場所に設置される受信設備については、設置場所が契約単位であり、設置場所の単位は、部屋、自動車などである。
同一世帯の1の住居に受信設備が何台あっても、契約は1、受信料も1であり、住居以外の場所では1の設置場所に受信設備が何台あっても、契約は1、受信料も1である。
(3)受信契約書の提出義務(第3条)
受信設備を設置した者は、遅滞なく、①設置者の氏名及び住所、②設置の日、③受信契約の種別、④受信できる放送の種類及び受信設備の数などを記載した受信契約書を原告に提出しなければならない。
(4)受信契約の成立(第4条第1項)
受信契約は受信設備の設置の日に成立するものとする。
(5)受信契約の種別の変更(第4条第2項)
受信契約の種別の変更については、受信設備の設置による変更は設置の日に、受信設備の廃止による変更は、その旨を記載した受信契約書の提出の日に、原告の確認を条件として、変更される。
(6)受信料支払義務の始期と終期(第5条第1項)
受信契約者は、受信設備の設置の月から解約となった月の前月まで、受信料を支払わなければならない。
(7)受信契約の解約(第9条第1項、第2項)
受信設備を廃止すると、受信契約者は、その旨の届出をしなければならない。原告が廃止を確認できると、届出があった日に解約されたものとする。
3 放送受信規約の定めと意思表示を命ずる判決をなしうる要件の関係
(1)放送受信規約による契約内容の特定
受信契約の承諾を命ずる判決には、承諾の対象となる契約の内容の特定が必要なところ、判決主文において明示するか否かを問わず、判決の時点における放送受信規約を内容とする受信契約の承諾を命ずることになる。そこで、放送受信規約の定めが、それ自体として、契約内容を特定するものとなっているのか否かが問題となる。
(2)放送受信規約による契約内容
放送受信規約は、受信設備設置者が設置後遅滞なく前記2(3)の事項が記載された受信契約書を提出して受信契約が成立することを前提としている。そのようにして受信契約が締結される限り、受信契約が受信設備設置時に遡って成立すると合意することは可能であり、1世帯に複数の受信設備があり、受信設備の種類が異なっていても、提出された受信契約書の記載によって、契約主体、契約の種別を特定することは可能である。
他方、以下の①~③で示されるとおり、判決によって受信契約を成立させようとしても、契約成立時点を受信設備設置時に遡及させること、また、判決が承諾を命ずるのに必要とされる契約内容(契約主体、契約の種別等)の特定を行うことはできず、受信設備を廃止した受信設備設置者に適切な対応をすることも不可能である。
① 契約の成立時点と受信料支払義務の始点
意思表示を命ずる判決によって意思表示が効力を生ずるのは、民事執行法174条1項により、その判決の確定時と定められている。承諾を命ずる判決は過去の時点における承諾を命ずることはできないのであり、承諾が効力を生じ契約が成立するのは判決の確定時である。したがって、放送受信規約第4条第1項にいう受信設備設置の時点での受信契約の成立はありえない。
受信料債権は定期給付債権である(最高裁平成25年(受)第2024号同26 年9月5日第二小法廷判決・裁判集民事247号159頁)が、定期給付債権としての受信料債権を生ぜしめる定期金債権としての受信料債権は、受信契約によって生じ、その発生時点は判決の確定時である。受信契約が成立していなければ定期金債権としての受信料債権は存在せず、支分権としての受信料債権も生じない。したがって、放送受信規約第5条にいう受信設備の設置の月からの受信料支払義務の負担はありえない。
②契約の主体と受信契約の種別の変更
同一の世帯に夫婦と子がいる場合、放送受信規約第2条は、住居が1である限り、受信設備が複数設置されても受信契約は1とするが、夫婦と子のそれぞれが受信設備を設置しあるいは廃止すると、判決が承諾を命ずるべき者が誰なのかは、不明である。それぞれが設置した受信設備の種類が異なる場合、判決が承諾を命ずる契約の種別が何なのかも、不明である。
③受信設備を廃止した受信設備設置者との関係
承諾を命ずる判決は、過去の時点における承諾を命ずることはできないのであるから、現時点で契約締結義務を負っていない者に対して承諾を命ずることはできない。受信契約を締結している受信設備設置者でも、受信設備を廃止してその届出をすれば、届出時点で受信契約は解約となり契約が終了する(放送受信規約第9条) ことと対比すると、既に受信設備を廃止した受信設備設置者が廃止の後の受信料支払義務を負うことはありえない。仮に、既に受信設備を廃止した受信設備設置者に対して判決が承諾を命ずるとすれば、受信設備の設置の時点からその廃止の時点までという過去の一定の期間に存在するべきであった受信契約の承諾を命ずることになる。これは、過去の事実を判決が創作するに等しく、到底、判決がなしうることではない。
原告が受信設備設置者に対して承諾を求める訴訟を提起しても、口頭弁論終結の前に受信設備の廃止がなされると判決によって承諾を命ずることはできず、訴訟は受信設備の廃止によって無意味となるおそれがある。
4 財源としての受信料の必要性と放送法64条の関係
放送法の制定当時においても民事訴訟法736条が現行の民事執行法174条と同様の意思表示を命ずる判決を定めていたのであるから、放送法の制定にあたって、同法に定める受信契約の締結義務を、意思表示を命ずる判決によって受信契約が成立するものとし、それによって受信料を確保するものとする動機付けは存したかもしれないが、そのことと、実際に制定された放送法の定めが、受信契約の締結を判決により強制しうるものとされているか否かは、別問題である。
受信契約の内容は放送受信規約によって定められ、その規約による受信契約の条項は電波監理審議会の諮問を経た総務大臣の認可を経ているのであるから、放送受信規約は放送法64条1項の趣旨を具体化したものとなっていると解されるが、その規約の内容が、判決によって承諾を命ずることができるものにはなっておらず、 かえって、任意の契約締結を前提とするものとなっていることは、前項で述べたとおりであり、放送法64条1項は判決により受信契約の承諾を命じうる義務の定め方をしていないのである。
5 判決によって成立する受信契約が発生させる受信料債権の範囲
多数意見は、受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生する理由を、受信契約の締結を速やかに行った者と遅延した者の間の公平性に求めるが、これは、受信契約が任意に締結される限り受信料支払義務の始点を受信設備設置の月からとすることの合理性の理由にはなるものの、放送法の定めが判決が承諾を命じうる要件を備えたものとなっていることの理由になるものではない。
契約の成立時を遡及させることができない以上、判決が契約前の時期の受信料の支払義務を生じさせるとすれば、それは、承諾の意思表示を命ずるのではなく義務負担を命ずることになる。これは、放送法が契約締結の義務を定めたものではあるが受信料支払義務を定めたものではないことに矛盾するものである。
6 受信料債権の消滅時効の起算点
多数意見は、判決により成立した受信契約による受信料債権の消滅時効の起算点を判決確定による受信契約成立時とし、任意の受信契約の締結に応じず、判決により承諾を命じられた者は受信料債権が時効消滅する余地がないものであってもやむを得ないとする。
受信設備設置者は、多数意見のいうように、受信契約の締結義務を負いながらそれを履行していない者であるが、不法行為による損害賠償義務であっても行為時から20年の経過により、債権者の知不知にかかわらず消滅し、不当利得による返還義務であっても発生から10年の経過により、債権者の知不知にかかわらず消滅することと比較すると、およそ消滅時効により消滅することのない債務を負担するべき理由はない。
7 放送法の契約締結義務の私法的意味
放送法64条1項の定める受信契約の締結義務が判決により強制できないものであることは、なんら法的効力を有しないということではない。
受信契約により生ずる受信料が原告の運営を支える財源であり、これが、原告について定める放送法の趣旨に由来することから契約締結義務が定められているのであるから、受信設備を設置する者に受信契約の締結義務が課せられていることは、
「受信契約を締結せずに受信設備を設置し原告の放送を受信しうる状態が生じない」ことを原告の利益として法が認めているのであり、この原告の利益は「法律上保護される利益」(民法709条)ということができる。受信契約の締結なく受信設備を設置することは、この利益を侵害することになり、それに故意過失があれば、不法行為が成立し、それによって原告に生ずる損害については、受信設備設置者に損害賠償責任が認められると解される。
同様に「受信設備を設置し原告の放送を受信しうる状態となること」は、受信設備設置者にとって、原告の役務による利益であり、受信契約という法律上の原因を欠くものである。それによって原告に及ぼされる損失については、受信設備設置者の不当利得返還義務が認められると解される。
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