補足意見
裁判官岡部喜代子の補足意見は、次のとおりである。
被告は、放送法64条1項は訓示規定であると主張し、また、これを訓示規定と解さなければ憲法に違反すると主張するので、その点について補足する。
多数意見の見解は、放送法64条1項の規定によって原告に私法上の権利である受信契約承諾請求権が発生すると解するものといえる。放送法は、主に原告その他の放送主体の組織及び業務について規定しており、公法であると性格付けられるものである。しかし、公法であっても私権の発生要件について規定することもあり得るところであり、放送法内において受信契約の締結を強制する具体的な方法についての規定がないことが、強制力のないことを理由付けるものではない。放送法の規定中に受信契約締結義務が定められたのは、同法の立法に至る経過において、原告の財政基盤確保の方法が変遷したことによるものである。その規定を読めば、①受信設備を設置したこと、②原告による受信契約申込みの意思表示がなされたことという二つの要件を充足することによって、原告が当該受信設備を設置した者に対して受信契約承諾請求権を取得することになると理解できる。
原告がその取得した受信契約承諾請求権を行使しても相手方が承諾しないときには、民法414条2項ただし書の規定によって意思表示を求める訴訟を提起することができる。そして、判決の確定によって承諾の意思表示をしたものとみなされたときに受信契約が成立する。放送受信規約第4条第1項は、受信契約は受信設備設置の日に成立するものとする旨を規定しているところ、その趣旨は、受信設備の設置の時からの受信料を支払う義務を負うという内容の契約が、意思表示の合致の日に成立する旨を述べていると解すべきである。また、放送法64条1項が、受信契約承諾請求権の発生要件として「受信設備を設置した者」と規定していて「受信している者」と規定していないことからすれば、受信設備を設置して受信することができる地位にあることによって受信料を支払う義務を負うことになるものといえる。
このように、放送法64条1項は、原告の放送を受信しない者ないし受信したくない者に対しても受信契約の締結及び受信料の支払を強制するものと解されるところ、被告は、そのような放送法64条1項は憲法に違反すると主張する。憲法は表現の自由の派生原理として情報摂取の自由を認めている(最高裁昭和63年(オ) 第436号平成元年3月8日大法廷判決・民集43巻2号89頁参照)。情報摂取の自由には、情報を摂取しない自由(情報を摂取することを強制されない自由)を含むものと解することができる。被告は、このような情報摂取の自由について明確に主張するものではなく、多数意見もこれに触れるものではないが、放送法64条1項は、原告の放送の視聴を強制しているわけではないとはいえ、受信することができる地位にあることをもって経済的負担を及ぼすことになる点で、上記のような情報摂取の自由に対する制約と見る余地もある。しかし、多数意見が判示するように、受信料制度は、国民の知る権利を実質的に充足し健全な民主主義の発達に寄与することを究極的な目的として形作られ、その目的のために、特定の個人、団体又は国家機関等から財政面での支配や影響が及ばないように必要かつ合理的な制度として認められたものであり、国民の知る権利の保障にとって重要な制度である。一方、受信設備を設置していれば、緊急時などの必要な時には原告の放送を視聴することのできる地位にはあるのであって、受信料の公平負担の趣旨からも、受信設備を設置した者に受信契約の締結を求めることは合理的といい得る。原告の独立した財政基盤を確保する重要性からすれば、上記のような経済的負担は合理的なものであって、放送法64条1項は、情報摂取の自由との関係で見ても、憲法に違反するとはいえない。
裁判官鬼丸かおるの補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見と同意見であるが、以下の点を補足したい。
放送法64条1項は、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」と規定しているが、その契約の内容は、原告の策定する放送受信規約により定められている。受信契約の締結が強制されるべきであることは多数意見のとおりであるところ、このことが契約締結の自由という私法の大原則の例外であり、また、締結義務者に受信料の支払という経済的負担をもたらすものであることを勘案すると、本来は、受信契約の内容を含めて法定されるのが望ましいものであろう。
現に、放送受信規約の中には、受信契約の締結を強制するについて疑義を生じさせかねないものも含まれている。すなわち、放送受信規約第2条第1項は、「放送受信契約は、世帯ごとに行うものとする。」と定めて、原則として世帯を単位として契約を締結することとしているが、これは、放送法64条1項の規定から直ちに導かれるとはいい難い。さらに、放送受信規約は、受信契約を世帯ごととしつつも、受信契約を締結する義務が世帯のうちいずれの者にあるかについて規定を置いていない。任意に受信契約が締結される場合は別であるが、受信契約の締結が強制される場合には、締結義務を負う者を明文で特定していないことには問題があろう。家族のあり方や居住態様が多様化している今日、世帯が受信契約の単位であるとの規定は、直ちに1戸の家屋に所在する誰かを締結義務者であると確定することにならない場合もあると思われる。受信契約の締結を求められる側からみても、その義務を負う者が法令上一義的に特定できなければ、締結義務を負っていることの自覚も困難であろう。
裁判官小池裕、同菅野博之の補足意見は、次のとおりである。
私たちは、多数意見に賛同するものであるが、放送法64条1項の意義に関し、木内裁判官が反対意見で触れられている点について、補足的に意見を述べておきたい。
多数意見が、民事執行法174条1項本文により承諾の意思表示を命ずる判決の確定時に受信契約が成立するとしつつ、受信設備の設置の月からの受信料を支払う義務が生ずるものとしていることについて、問題がある旨の指摘がされているが、この点については、岡部裁判官の補足意見で述べられているとおり、上記判決の確定により「受信設備を設置した月からの受信料を支払う義務を負うという内容の契約」が、上記判決の確定の時(意思表示の合致の時)に成立するのであって、受信設備の設置という過去の時点における承諾を命じたり、承諾の効力発生時期を遡及させたりするものではない。放送受信規約第4条第1項は、上記のような趣旨と解されるのであり、承諾の意思表示を命ずる判決の確定により受信契約を成立させることの障害になるものではない。
また、受信設備を廃止した場合の問題点も指摘されるが、過去に受信設備を設置したことにより、それ以降の期間について受信契約を締結しなければならない義務は既に発生しているのであるから、受信設備を廃止するまでの期間についての受信契約の締結を強制することができると解することは十分に可能であると考える。
さらに、不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求を認めるとの考え方が示されているところ、このような構成は、受信契約の締結に応じない受信設備設置者からも受信料に相当する額を徴収することができるようにするためのものであると考えられる。しかし、不当利得構成については、受信設備を設置することから直ちにその設置者に受信料相当額の利得が生じるといえるのか疑問である上、受信契約の成立を前提とせずに原告にこれに対応する損失が生じているとするのは困難であろう。不法行為構成については、受信設備の設置行為をもって原告に対する加害行為と捉えるものといえ、公共放送の目的や性質にそぐわない法律構成ではなかろうか。また、上記のような構成が認められるものとすると、任意の受信契約の締結がなくても受信料相当額を収受することができることになり、放送法64条1項が受信契約の締結によって受信料が支払われるものとした趣旨に反するように思われる。反対意見には傾聴すべき点が存するが、放送法は、原告の財政的基盤は、原告が受信設備設置者の理解を得て受信契約を締結して受信料を支払ってもらうことにより確保されることを基本としているものと考えられるのであり、受信契約の締結なく受信料相当額の徴収を可能とする構成を採っていない多数意見の考え方が放送法の趣旨に沿うものと考える。
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